上映会&トーク「TV映像から再発見する〈札幌〉」

2017年9月17日に開かれた
札幌国際芸術祭2017関連企画
「狸小路TV」特別上映会&トーク

「TV映像から再発見する〈札幌〉」

ゲストは、
新作『三度目の殺人』が公開されたばかりの
是枝裕和監督と、

その是枝監督が小学生の頃に見ていた
「東芝日曜劇場」枠に良質の番組を送り出していた
HBCの元プロデューサー長沼修さん。


長沼さんが当時関わったテレビ番組を
札幌プラザ2.5の大スクリーンで上映し、

なおかつ上映後に
長沼さんと是枝さんお二人のトークで
解説を楽しめるという
非常にぜいたくな企画でありました。
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左:是枝監督 右:長沼修さん
長沼さんは『北のドラマづくり半世紀』という著書もある

以下、私的な編集を加えていますが、
当日のレポートをお送りします。







この「狸小路TV」上映会&トークは
実は2回ありまして、

1回目は2017年8月20日。
そのときのレポートはこちらです。

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1回目のトーク風景。右端が今野勉さん。

1回目のゲストのおひとりは、

日本初のテレビ制作会社「テレビマンユニオン」
創立者の一人である今野勉さんでした。


会場限定で配布された特別冊子
「北海道発テレビ表現ってなんだ?」
にも書かれていますが、

そのテレビマンユニオンに
一時期在籍していた是枝さんが
(故・伊丹十三もいたことがあります)

「映像制作の面でもっとも影響を受けた番組」として

1970年、80年代に制作された「東芝日曜劇場」
しかもHBCが制作した番組名をあげておられます。


現在、世界的に評価されている是枝作品の
地中深く潜った根っこに、

長沼さん時代のHBC番組があるのだとしたら、
これほどうれしいことはないですよね!


●東芝日曜劇場を沸かせた北の黄金コンビ

長沼さんが現役でいらした当時のHBCには、

守分寿男(もりわけ・としお 1934年〜2010年)という
敏腕テレビディレクターがおり、

のちに「北の国から」を書き上げる脚本家、
倉本聰との黄金コンビで、

大滝秀治主演の『うちのホンカン』シリーズなど
何本もの傑作ドラマを生み出していました。


この日、上映された1本
『風船のあがる時』(1972年1月30日放映)も、
その名コンビによるもの。
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手前は、トークの会場限定で配布された特別冊子。
表紙は『風船のあがる時』の一場面。

札幌オリンピックの開会式で小学生に風船を上げさせる
市役所職員の苦悩を描いた傑作で、

主人公(ゴロウといいます!)をフランキー堺が、

風船で頭がいっぱいの夫に失望のまなざしを向ける妻を
南田洋子が演じました。

番組放送日から4日後にはホンモノの開会式が行われた
というのですから、
視聴者の中には「あの風船はゴロウさんがあげさせたのよ」と
本気で思い込んでいた人も、いたのではないでしょうか!


是枝監督が、この『風船』を見たあとに

「映画と違って、テレビドラマには日付がある。
 日付と切り放せないところにテレビの本質がある」

とおっしゃっていたのは、そういう時代性でしょうか。
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「狸小路TV」特別冊子に寄稿してくださった長沼さんの原稿より

この日上映されたもう1本のHBCドラマも
タイトルは、ズバリ『聖夜』。

12月24日の、不器用で哀しい男女の物語でした。


『風船のあがる時』の撮影は、セット2日間とロケ5日間。

俳優拘束わずか1週間で
1時間ドラマを作るタイトスケジュールが実現できたのも、

「当時は本番前の準備が命。
 まるで“建前”のように
 事前にあらゆることを準備しておいて、

 本番には職人仕事でそれらをがーっと作りこんでいく。
 まるでサーカスみたいな現場でした」

と、長沼さんは述懐します。

本州のキー局に負けまいと
HBCドラマのクオリティーを担っていた
技術部の層の厚さのことも、
誇らし気に語っていらっしゃいました。


●現場で見つけたものに間違いはない

と、ここで、
当時のお話を聞き出そうとする是枝監督に
長沼さんから逆質問が。

「是枝さんの作品は、空絵(からえ)が多いですよね。

 役者がフレームアウトしたあとの
 (誰もいない)道路とかベンチとか、街並の音とか。

 あれはそういう余韻みたいなものがお好きなんですか?」

さすがの質問です!長沼さん!


これに「僕の話ですか…」と頭をかきつつ、
回答する是枝さんいわく、
やはり「空絵」がお好きとのこと。

(撮りながら)気持ちが分散されないように
ワンカメで撮ることが多く、

「間」で考える絵をつい多く撮ってしまうそうです。


確かに是枝作品は「何も起こらない」絵柄が多い(笑)。

テレビ番組なら
視聴者が途中でチャンネルを変えてしまうような
「何もなさ」をおそれない、とでも言うのでしょうか。
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札幌でも上映された『三度目の殺人』。
このポスターに写っていない4人目が一番コワかった。

ちなみに、最新の是枝作品『三度目の殺人』では終盤、
容疑者である役所広司と、
弁護士役の福山雅治が面会室で対峙する場面に

私たちがいままで見たこともないような
不可思議なショットが出てきます。

「あれは実はカメラマンからの提案。
 撮影現場でカメラマンが
 “こんな画面が撮れる”というポイントを見つけてくれました」

「現場で発見したものに間違いはない」という
名言も飛び出しました。


●リアルの倉本、空想世界の真実を追う市川

続けて上映された作品は、長沼演出作品が2本。

『聖夜』(1973年)と『バースデーカード』(1977年)。

長沼さんの先輩である守分さんに
倉本聰という相方がいたように

長沼さんにもタッグを組んだ脚本家がいた。

それが市川森一氏だったと言います。


倉本氏がリアリズムを徹底追及するのに対して、
市川氏は
「夢の向こう側にある真実を書く人だった」と長沼さん。


小倉一郎、仁科明子のカップルが主役の
『聖夜』は、倉本脚本。

クリーニング店に勤める主人公が
前々から休暇希望を出していたクリスマス・イブに

水商売用のドレスのしみ抜きを
急きょねじこまれるところから、物語は始まります。


このしみ抜きの場面、洗剤液をつけた道具で
とんとんと叩いて落とす手つきが、実にリアル。

急なデートキャンセルにふくれる彼女に対して

「バカヤロウ!
 なんの汚れかわからないと落とせないんだ!」

と怒鳴る場面は秀逸でした。
(電話のシーンなのでおそらくは小倉一郎の一人芝居)

札幌人としては、大通りの街中がロケ地でしたから
靴のイワイさんなどが出てきてうれしかったりして(笑)。


集団就職で札幌に出て来て以来、
つつましくも頑張っていた田舎の青年が、
心待ちにしていた恋人とのクリスマスイブ。

すべての予定が狂い、すれ違い、
心身ともに痛めつけられ(本当にひどい)
悪夢のような聖夜の果てに手に入れるものとは…。

1時間とは思えない濃密かつ
ジェットコースター的な構成と、

足元から噛み付くような寒さを感じさせる
札幌の冬がぴたりとハマった名作でした。


●『熱中時代』夫婦が一年早く共演!

最後の上映作品は、市川森一脚本・長沼さん演出の
『バースデーカード』。

主演は聞いてビックリ!水谷豊と池上季実子!

番組が放送された1977年といえば、
当時25歳だった水谷豊は
『傷だらけの天使』後、『熱中時代』前。

かたや池上季実子は、堀越学園の現役女子高生!

『熱中時代』で水谷豊と再び共演するのは、
この一年あとのお話です。


『バースデーカード』のあらすじは
正直に申し上げて、ぶっとび系。

純愛ともストーカーとも言えるような片思いを
昇華させようと、男は刑務所を抜け出し、

いまは人妻となった女に逃避行を誘いかける。

二人の待ち合わせ場所が、
なんと札幌の大倉山スキー場のてっぺん!なぜ!


いやあ、大変申し訳ないのですが、
札幌人からすると、これはちょっと失笑モノ。

「5分前まで道東にいたのに?」というゴーインな展開は
上映後のトークでも長沼さんが

「北海道の人は見ればすぐわかりますよね」と
笑いながらおっしゃっていました。


倉本脚本が「……」などの呼吸まで書いてある一方で
市川脚本は「すきまだらけ」。

急にブーツが画面から消えたり
逆に、誰もいないスキー場の頂上に、
スキー板が都合良く現れたりする。

そのツッコミどころが、演出家の腕の見せ所であり、

脚本家の無理難題に応えるうちに
演出家は次第に自分の演出の幅を増やしていく…。

そんな関係のようにお見受けしました。


こぼれ話としては、
「水谷さんはあの当時から、
 自分で考えてお芝居をする人」だったとか。

意中の彼女から送られてきたバースデーカードを前に

「どうしよう? オレ、今日から幸せになっちゃう?」

と狭い自室で喜びを爆発させる場面は、
このあとの不幸を予感させる悲しみが潜んでいた。

若い頃の彼は「10うれしい」というよりも
「9うれしくて1悲しい」。

そういう演技が光ってましたね。


●音楽は役者の顔には入れない

『バースデーカード』の上映後、トークは、
ドラマに寄り添う伴奏音楽、劇伴がテーマになりました。

是枝さんも長沼さんも共通点は、

役者が感情的な演技をしている場面に
音楽を入れない主義。

特に長沼さんは『バースデーカード』で
「絶対、役者の顔に劇伴は入れない!」という規律を
自分に課していたそうです。

「音楽は画面のすきまに入れる」。

これを今、映像制作の現場でやるとしたら、
難しいですよね。

局の上司からなんかイワレソウ(笑)。

むしろ、劇伴は画面のすきまや「場」に入れる。

作り手の矜持か、視聴者への信頼か。
私たち観る側は、その信頼に果たしてこたえられるのか。

考えさせられます。


●「他の方の脚本で撮る気はありますか?」

このあとも、是枝さんが
リスペクトする長沼さんに質問というよりは、

「是枝ファン」である長沼さんが
是枝さんの作品づくりについて
ぐいぐいと切り込んでいく場面が多く、

受け手にまわった是枝さんは焦りつつも、
でも、どこかうれしそう。
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「僕の話はこれくらいにして…」と軌道修正を試みる是枝さん

最後も「質問のような、お願いのような」と前置きして
長沼さんから、とてもいいクエスチョンが。

「脚本・監督・編集をこなす是枝さんは
 これから《自分にないもの》を求めて、
 他の方の脚本でやってみようというお気持ちはありますか?」


これに是枝さんは
「やはり自分だけでやっていると限界はあるので
 いつかやりたいなと思っています」

と回答し、長沼さんを喜ばせていましたよ。

もしそうなったら私もうれしいです!



以上、特別冊子の編集やチラシの校正をお手伝いした
札幌国際芸術祭関連企画「狸小路TV」の
上映会&トークイベント、レポートはこれで終了です。

繰り返しになりますが、
1回目の上映会レポートはこちらからご覧いただけます。


私自身、「ホンカン」シリーズなどは
名前は知っていましたが、番組自体を一度も観たことがなく、

この時代の傑作ドラマを
まさか映画館のスクリーンで観ることができるなんて、

しかも当時の制作秘話つきで?

という、まさに温故知新のイベントに参加できて
とても楽しかった!

いいものを観させてもらいました。

by miminibanana | 2017-09-29 21:34 | レポート | Comments(0)